2013年9月27日金曜日

伊藤英子の未来設計〜スイーツ編〜

こんにちは。

お団子は意外と色々幅広いなということが分かりました。
伊藤英子も幅広く未来設計をしたいなと
お団子から刺激をもらってしまいました。

今日も懲りずにお団子のことを書いていきます。
伊藤英子の未来設計のお供の今日も団子にしようと思います。
はまると結構立て続けに同じのでも
伊藤英子はいいタイプです。

未来設計は同じのばかり立てないように気を付けます。

今日はお団子の歴史を見て行こうと思います。

■歴史
団子の由来については、諸説がある。
通説によれば、遣唐使が日本に持ち帰ったとされる
8種の唐菓子(八種唐菓子)の1つである団喜(だんき、「歓喜団」とも)が由来とされている。
その一方で柳田國男は神饌の1つである粢を丸くしたものが団子の原型であり、
「団子」の名称は後世になってから類似の唐菓子の名前が
当てはめられたものに過ぎないとしている。
「団子」の名称は平安時代に書かれた『新猿楽記』に登場したのが最古のものであり、
一方鎌倉時代後期に書かれた『厨事類記』に記された
唐菓子の団喜の形態は今日の団子に近い。
南北朝時代に書かれた『拾芥抄』には八種唐菓子として団喜に代わって
「団子(だんす)」が登場している。
また、ほぼ同時代の『沙石集』や『庭訓往来』にも「団子」の語が登場する。
室町時代になると、「団子」を「だんご」と読むようになり、
竹の串に通したものが登場する。
宇津ノ谷峠の十団子や京の御手洗団子が登場したのもこの時代と言われている。
江戸時代になると、都市部や街道筋では甘味付きの団子が作られ、
庶民の茶席や行楽の御供としても愛好された。
その一方で農村部では主食の代用品や非常食として食べられるなど、
その意味合いは異なるものがあった。

伊藤英子、お団子で遣唐使が出てくるとは思いませんでした!

こんなに歴史があるとはびっくりです。

2013年9月19日木曜日

伊藤英子の未来設計~スイーツ編~


こんにちは。
伊藤英子です。

前回の団子の続きをかきたいと思います。
伊藤英子、団子を食べ始めると
あっと言う間になくなってしまいます。

一口サイズで食べれる大きさって
どんどんたべてしまいますよね。

伊藤英子はそんな一口サイズの団子を
横にしながら未来設計をするのも好きです。

団子をくわえながら
未来設計を思い描いて
未来設計に集中してしまうと
団子をくわえっぱなしということもあります。

ではそんな団子についてさらに見ていこうと思います。

今日では「だんご」という呼び名が広く定着しているが、
地方によっては「だんす」(東北地方など)、「あんぶ」(新潟県など)、
「おまる」(滋賀県・四国地方など)など様々な呼称がある。

古くは焼団子や団子汁の形で主食の代用品として食せられ、
材料も粒食が出来ない砕米や屑米や粃、
雑穀の場合は大麦・小麦・粟・キビ・ヒエ・ソバ・
トウモロコシ・小豆・サツマイモ・栃の実などを挽割
あるいは製粉したものを用いて団子を作った。

今日でも地方によっては小麦粉や黍(きび)粉などで作った
米以外の団子を見ることが可能である。

団子と餅の違いについては、「団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る」
「団子はうるち米の粉を使うが、餅は餅米を使う」
「餅は祝儀に用い、団子は仏事に用いる」など様々な謂れがあるが、

粉から用いる餅料理(柏餅・桜餅)の存在や、
ハレの日の儀式に団子を用いる地方、団子と餅を同一呼称で用いたり
団子を餅の一種扱いにしたりする地方もあり、
両者を明確に区別する定義を定めるのは困難である。

砂糖を加えて甘味をつけたものが多いが、元々は保存食であるため、
醤油で味付けして食べるために砂糖を加えないものもある。

また、小豆の餡や砂糖醤油餡、きな粉をつけたり、
汁粉やみつまめに入れたりして食べる。

また派生して団子状の丸いもの、もしくは丸まったもののことを
団子と呼ぶ場合もある(例えば土団子、ダンプリング、ミートボール(肉団子)、
クネードルなど)。
これらは形状による分類である。

伊藤英子、団子と言ってもこんな風に区分けが難しいものなんですね。
確かに餅との違いは何だと言ってもよくわかりませんね。
未来設計はしっかりと間違えようがないようにしたいと思います。

以上、伊藤英子でした。

2013年9月12日木曜日

伊藤英子の未来設計〜スイーツ編〜


こんにちは。
伊藤英子です。

和菓子いいですよね。
伊藤英子、和菓子と日本茶という組み合わせ、
おばあちゃんっぽいですけれど大好きな組み合わせです。
なんとなくほっとするのは
伊藤英子が日本人だからでしょうか。

未来設計も和菓子を食べて日本茶を飲んでいるときは
心静かに落ち着いて未来設計できているような気がします。

今日はそんな和菓子の代表格の「団子」について
調べてみたいと思います。

伊藤英子、花より団子のタイプなので
未来設計よりも団子にならないように気をつけたいと思います。

未来設計をしっかりできたご褒美的な感じで
団子は食べた方がいいかもしれません。

日本茶を飲みながら未来設計をしましょうかね。
では、団子も長くなりそうなので次回以降も書いていきますが
今日も少し団子についてご紹介です。

団子は、米などの穀物の粉に水やお湯を加えてこねて、
蒸したり茹でたりしてできた餅を小さくまるめた菓子である。
「串団子」は3–5個の団子を串に刺したものであり、
それを焼いたものを「焼き団子」、
醤油味に味付けをしたものは「醤油だんご」などと呼ぶ。

これを見て伊藤英子は意識し始めましたが
確かに団子と一言で言っても
いろんな団子がありますよね。
ここに書いてある焼き団子しかりですが、
みたらし団子とかもありますし。

団子もバリエーションが豊富ですね。
作り方もそこまで難しくなさそうなので
歴史なども結構古そうです。

伊藤英子、次回以降、どんな団子があるかや
どんな歴史があるかなど見ていけたらいいなと思います。

団子とともに未来設計も進めて行きたいです。

以上、伊藤英子でした。

2013年9月6日金曜日

伊藤英子の未来設計~スイーツ編~



こんにちは。
伊藤英子です。

今回は未来設計として、前回のおせんべいから近いかもしれませんがお団子の話をしようと思います。
こういった和菓子も、伊藤英子は好きなのです。

様々なスイーツを未来設計のお伴として食べていますが、和菓子ももちろん大好きです。
洋菓子が華やかだとしたら、和菓子はおしとやかだと思っています。
両方とも違いがありながら、とても魅力的です。
未来設計する中で食事は絶対に欠かせなく、一日三食として人間の寿命はおよそ80年。
それらを計算していくと…とんでもない数字が出てくると思います。
しかし単純計算その数しか人は食事をすることはできず、その間でいかにおいしいものを食べるかが重要だと思っています。
一度きりしかない人生だから、伊藤英子はたくさんのおいしいものを食べたいです。
そういう未来設計もありなんじゃないかと思います

お団子の話に戻りますが、全ての原点にあるのが和菓子だと思っています。
日本茶と和菓子のよく合うこと。黄金日と言う言葉を思い出してしまうほどです。

もっともっと多くの人に、お団子を食べてもらえたらと思います。
コンビニやスーパーで売っている市販のお団子ももちろん美味しいのですが、和菓子専門店のお団子はまた違う味がします。
どちらも食べ比べてみると、もっと楽しくなるのではないでしょうか。

スイーツと言うとケーキ類が真っ先に浮かんでくる現代ですが、伊藤英子はこれからも我が意を応援していきます。

伊藤英子でした。

2013年8月30日金曜日

伊藤英子の未来設計~スイーツ編~


こんにちは。
伊藤英子です。

前回未来設計のお供として
せんべいを選びましたが、
歴史を見ていたら長くなったので
今回追加で書きたいと思います。

伊藤英子、せんべいの歴史がこんなにも
古いのだとは思いませんでした。

確かに元々はシンプルな食べ物なので
古くからあってもおかしくはないですよね。

シンプルなほど後世に残るということでしょうか。
伊藤英子の未来設計もシンプルに立ててみようかなと思いました。

では、前回の続きです。

吉野ヶ里遺跡や登呂遺跡の住居跡からも
一口大程度に平たく潰し焼いた穀物製の餅が出土しており、
既に弥生時代には煎餅に近い物が
食されていたのではないかと考えられている。

さらに時代を遡り、すりつぶした栗や芋類(サトイモ、ヤマイモなど)などを
同様に一口大程度に平たく押しつぶして焼いた物は
さらに以前の縄文遺跡の住居跡からも出土している。

また、台湾や東南アジアでは同様のタロイモ煎餅が存在し、
ミクロネシア・ポリネシア・メラネシアといった
ヤムイモやタロイモを主食とする環太平洋諸島には
タロイモやヤムイモを原料とする煎餅に近い食品が存在する。

別説で、日光街道草加松原の茶屋において売られていた団子を
「焼き餅にして売ったらどうか」と提案され、
それが名物となった、という話もあるが定かでは無い。

伊藤英子、せんべいを調べてこんなに面白いとは思いませんでした。
未来設計もシンプルでせんべいのように?作ろうと思いました。

伊藤英子でした。


2013年8月29日木曜日

伊藤英子の未来設計~スイーツ編~


こんにちは。
伊藤英子です。

伊藤英子、前回せんべいについて書きましたが
続きを書きたいと思います。

せんべいと共に未来設計をする。
ちょっとおばちゃんっぽいですか。。

しかし、せんべいをぱりっと食べるために
歯を使うと頭が冴えてきて
未来設計もしゃきっとする感じが
伊藤英子はするので
未来設計のお供にせんべいは
結構必需品ですね。

今日は、せんべいの歴史について少し調べてみます。

現在の煎餅の一番古い物は、
日光街道の2番目の宿場町だった草加宿(現在の埼玉県草加市)で
団子屋を営んでいた「おせん」という老婆が、
ある日、侍に「団子を平らにして焼いたらどうか」
と言われて始めたのが名前の由来、というよく知られた話がある。

草加宿一帯の農家では、蒸した米をつぶして丸め、
干したものに塩をまぶして焼き、間食として食べていた。

草加宿が日光街道の宿場町として発展したことに伴い、
この塩味の煎餅が旅人向けの商品として売り出され、各地に広まった。

その後、利根川沿岸(千葉県野田市)で生産された醤油で味をつけるようになり、
現在の草加煎餅の原型となったとされている。

これは船によって江戸に伝えられ広く伝わっていった。

ということでした。
伊藤英子、よく知られた話も知りませんでした。

団子を平にしたのがせんべいの始まりなんですね。
原材料は同じ?!

同じでも色んな形があって
食感も味も違うというのは面白いことです。

伊藤英子もそういう感じの未来設計ができるといいなと思います。

以上、伊藤英子でした。

2013年8月23日金曜日

伊藤英子の未来設計~スイーツ編~


こんにちは。
伊藤英子です。

前回の続きを書こうと思います。
伊藤英子、今日も未来設計のお供はせんべいになるかもしれません。

せんべいを食べると
日本人であることを感じてしまうのは
伊藤英子だけでしょうか。

せんべいにはちゃぶ台にお茶がやはりお似合いです。
そして、おばあちゃん。
なぜ、そんなイメージなんでしょうかね。

伊藤英子も未来設計的にはそんなおばあちゃんになるかもしれません。

では、今日はせんべいの歴史について調べてみたいと思います。

日本で「煎餅」の記述が見られるのは正倉院所蔵の737年頃の文書であるが、
ここに登場する「煎餅」は現在のものと違い、
小麦粉を油で固めたいりもち(煎餅)であり、
現在と同じ煎餅は草加せんべいが初であるとされている。

伊藤英子、せんべいがこう言う風に
正倉院という歴史的な建物と一緒に語られるとは不思議な感じです。

教科書で習った建物の中に
せんべいに関する記述があるのが面白いですね。
伊藤英子、身近にあるものが歴史が意外と深かったりすることが
面白く感じます。

伊藤英子の未来設計もそんなふとしたところから
未来設計ができるのかもしれません。
何気なく過ごしている日常の中に
意外と知らないことはたくさんありますね。

それを知ることができるのは
伊藤英子、幸せなことだなと感じます。

伊藤英子、草加せんべいがいまいちどういうのか
ピンと来ないので、インターネットで画像を見て見ようと思います。

伊藤英子でした。